ディバインコンプリメントとは何か?その特徴をご説明します

カップル ベンチ「ディバインコンプリメント」をお調べになっている方へ。

「ディバインコンプリメント」とは、ソウルメイトの中のひとつです。ソウルメイトは前世から繰り返し人生を共に生きているパートナーですが、「ディバインコンプリメント」は、お互いを補い合い助け合うパートナーとしてなくてはならない信頼関係を築きます

本記事では、「ディバインコンプリメント」について、分かりやすく解説いたします。

ディバインコンプリメントとは互いに補い合う関係

「ディバインコンプリメント」は、DIVINE COMPLEMENTと表記され、直訳では「神の補完」となります。「補完」の意味は、パートナー同士がお互いに補い合い助け合う関係となることを意味します。例えば、次のような組み合わせです。

ディバインコンプリメントの特徴

  • 「ディバインコンプリメント」は、パートナーが悩んでいるコンプレックスを良く理解して、そのコンプレックスから立ち直らせる力があります。
  • 「ディバインコンプリメント」は、お互いに精神的に補い合うカップルとなります。例えば、知性・権威・財力を持つパートナーに対し、愛・信頼・献身を与え、お互いに尊敬し合うカップルになります。
  • 「ディバインコンプリメント」は、お互いに愛を分かち合い、共通の目的をもって、互いに助け合うカップルとなります。苦しい時は、苦しみを分かち合い、楽しいときは、楽しさを分かち合い、互いに慰め合い、精神的に成長するカップルです。

「ディバインコンプリメント」のカップルは、お互いにどのように引き合うのでしょう。実は、無意識の世界の問題なのです。具体的な例として、マザ・コンの男性のことを説明致します。

【母親に似た人を選びたがる男性】

マザ・コンという言葉があります。マザー・コンプレックスの事です。男性は幼児期に異性である母親から女性像を植え付けられ、愛情と尊敬の念を持ちます。やがて、青年期になり、母親が恋愛対象とはならず、性的に愛する対象を他の女性に求めていきます。その段階で、男性は母親離れをしますが、男性の心の中は、ぽっかりと穴が空いたようになります。そのために、男性は、母親のイメージを持った女性像を追い求めます。そして恋愛の対象としての恋人には、無意識に母親像に似た人を求めていくのです。

母親に似た人を選ぶのは、そういう理由があるからだと言われています。反対に、女性はその逆で、父親像に似た人を選ぶと言われています。このような組み合わせで恋愛関係になったカップルは、お互いに補完する関係(ディバインコンプリメント)となります。

このような心理的な関係について研究した学者が、ユングです。ユング(1875~1961)は、スイスの精神科医・心理学者です。フロイトに師事し、精神分析家となりました。次のコーナーでもう少し詳しく説明いたします。

ディバインコンプリメントに関するユングの心理学・アニマ・アニムス

ユングは、人間の無意識の世界には、「アニマ」と「アニムス」というイメージ像があるという学説を唱えました。

  • 「アニマ」とは、男性の無意識世界の女性的な側面です。
  • 「アニムス」は、女性の無意識的な世界の男性的な側面を言います。

【ユングの心理学と輪廻転生】

ユングの心理学は、人間の無意識の世界にある異性像が、互いに補完を行うとしています。ユングの時代は、あまり輪廻転生という考え方は一般的ではありませんでしたが、彼の著作の中に、「生まれ変わり」について書かれたものが発見されています。ソウルメイトのひとつである「ディバインコンプリメント」の関係は、内面的な無意識世界にある異性像の魅力に惹かれます。それは、ソウルメイトとして生まれ変わりの中で繰り返される補完関係なのです

輪廻転生とカルマの法則の関係を分かりやすく解説
輪廻転生と、そして輪廻転生を語るのには無視できないカルマの法則について、分かりやすく解説します。多くの宗教観の中にある輪廻転生の思想。生まれ変わりをテーマとした物語がとても多いことを見ても、今や、わたしたちの文化の中に根付いている思想のひとつと言えるかもしれません。

【アニマの発見】

ユングは、男性の患者の夢分析を行ってみたところ、特徴的な女性像が出現することがわかりました。その女性像を「アニマ」と名付けました。ユングが分析心理学で、「アニマ」という言葉を使用したことから現在の心理学でも、男性の無意識の中にある女性像を意味する言葉として使用しています。

男性は常にある一人の女性像を無意識の中に持っています。その人物は、自分にとってもっとも影響力のある異性です。最初は、母親のイメージ、その後はその人に深くかかわる女性像に変わっていきます。ユングによれば、女性は男性にないインスピレーションや、個人的なものに対する細やかな心遣いがあり、男性には多くの場合、欠けている部分です。

【アニムスの発見】

女性の場合も、夢分析を行うと特定の男性像が現れます。それを「アニムス」と名付けました。女性の場合、無意識の中にある「アニムス」とは男性的性格を持っているものです。但し、男性の場合と違い、特定の男性だけでなく、概念的な正義、真理などの規範の象徴として現れます。現在ではこのユングの男性と女性を区別する考えに対しては、性差別の批判が出ており、概念の見直しがされました。

次に、ユングの心理学の差別的な思考を改めた日本の心理学者・河合隼雄教授のことをご紹介します。

河合隼雄教授のアニマ・アニムスの考え方

河合隼雄教授(1928~2007)は、京大理学部卒、京大教授です。日本のユング派心理学者の第一人者です。ユングの男性・女性の固定的な考え方を見直した河合教授によれば、アニマ・アニムスは、別個の元型ではなく、「たましいの元型」として捉えました。そして、アニマ・アニムスは、二つ合わせて「たましいの元型」であるとしました。

【人間は、アニマ・アニムスの両方を持っている】

河合教授の考えは、男性も女性も区別がないというものです。それでは、どのように男性は男性の意識を持つかと言えば、「意識的に」男性として育てられたからです。意識と無意識の間には、男性意識と女性意識のバランスを取るための「補償の原理」があり、意識が男性的であれば、無意識内に女性イメージが生じます。反対に、女性の場合、意識が女性的であれば、無意識内に男性イメージが生じます。

【恋愛関係にはお互いの補完の関係が必要となります】

「ディバインコンプリメント」との出会いを求める場合は、表面的な魅力で引き合うだけでなく、内面的な異性像がお互いに補完の関係がなければなりません。表面的な部分、例えば顔立ちが好きとか、背が高いなどの男性的な魅力に引き付けられても、付き合っていくうちに、何かしっくりこない場合があります。これは、内面的な男性像と女性像の補完関係がないことが原因なのです。

次のコーナーでは、ディバインコンプリメント出会うには、どのような男性像を求めたら良いかについて、ご説明いたします。

「ディバインコンプリメント」との出会いの求め方

アメリカの心理学者、アリアドネ・グリーン(Ariadne Green)は、サンフランシスコの大学で博士号を取得し、心理学、教育学、哲学の分野で数々の著書があります。彼女の著書の中に「ディバインコンプリメント」(Divine Complement)と言う本があります。その中で、彼女がどのように「ディバインコンプリメント」を得ることができたのかについて、次のように言っています。

【無意識下の異性像が補完し合い人間性を高める】

アリアドネ・グリーンは、無意識化の男性像や女性像に関して、ユングの心理学を基に、「アニマ」に相当するものとして「男性的なイメージ」、「アニムス」に相当するものとして「女性的なイメージ」と表現しています。恋愛関係においては、表面的な魅力だけでなく、無意識化の異性像に互いに魅力を感じ引き合います。「ディバインコンプリメント」によって出会い恋愛関係になった場合、お互いに補い合い助け合います。

私たちは、恋愛関係にある異性関係において、お互いに無意識の世界の男性像と女性像が補完し合うことによって、愛情と信頼感が増し、同時に人間性が高まっていきます。

無意識の中の異性像が互いに補完関係を持つことができると、最高の組み合わせとなり、「神の補完」が成就します。恋愛関係あるいは夫婦関係のカップルは、愛と希望と信頼を得ることが出来るのです。

【彼女の中には男性像がなかった】

彼女は大学で心理学を学びましたが、父親がいなかったために無意識の中に父親像がないのではないかという心配をしました。なぜなら無意識の中に男性像がなければ、将来、自分と一対になる男性の具体像がつかめないからです。それで、彼女は、どのようにすれば自身の心理の中に男性的な側面を見つけることができるかについて追及しました。

【出会いのあった全ての男性たちから男性像を学ぶ】

親戚や友人の中の男性たちの中で親しかった人たちの事を考えました。そして、自分にとって大切な男性は次の条件が必要と考えました。

彼女の内面を鏡のように忠実に映し出してくれる男性。すなわち完璧に彼女のことを理解してくれる男性。

女性は心の中に男性的なものと女性的なものを持っていますが、それを理解し、女性の精神的な成長を促進できる知識を持った男性。

男性にとってもお互いに補完できる関係を持つことは、大切なことです。彼女の心の中の「男性的なイメージ」と「女性的なイメージ」の特性を理解でき、お互いに補完しながら、豊かな心を育むことに熱心な男性。

【たくさんの男性との出会いで育つ無意識下の男性像】

父親がいないことで、彼女の心の中で男性的なものが育たなかったのではないかという疑義をもっていました。しかし、彼女自身で無意識化の男性像を研究した結果、彼女の無意識の中では、いろいろな男性像が育っていました。幼少期に出会った男の子たちでさえ、彼女の「男性的なイメージ」を育てる土台になったと彼女は言っています。そして、いくつかの恋愛経験の中で別れた男性たちにしても、彼女の心の中での男性像を造り上げるのに寄与したことを理解し、別れたことを悲しむことよりも同志愛を感じたそうです。

【同性のディバインコンプリメントとの辛い出会い】

同性のディバインコンプリメントとの出会いも、長い人生のうちにはあります。彼女は、個性の強い数人の女友達に出会い、最初はとても気が合ったそうです。女友達と出会いで、お互いに補完できる関係に感謝したそうです。しかし、女友達との付き合いの中で、彼女の本質的な「女性的なイメージ」に触れるにつれて、辛らつな非難の言葉をあびせられたり、無視されたり、恥をかかされたりしました。それでも、彼女はお互いに補完するということに役立ったと言います。

彼女は、「ディバインコンプリメント」の真の意味を理解し、「神の補完」を成就するにはどうしたら良いかを私たちに教えてくれます。もっと詳しくお知りになりたい方は、是非彼女の著書をお読みになることをお勧めします。

ディバインコンプリメントの大島渚監督と小山明子

大島渚・小山明子 闘病介護の絆 ③最後)

大島渚(おおしまなぎさ 1932~2013)は、日本の有名映画監督です。妻の小山明子(こやまあきこ 1935~)は、日本の大女優です。「家庭よみうり」のカバーガールになったのをきっかけとして、スカウトされて松竹に入りました。当時、松竹の助監督だった大島渚とは、仕事を通じて知り合い、1960年に結婚しました。松竹で助監督時代に出会い、その後晩年に至るまで、「おしどり夫婦」と言われ、「ディバインコンプリメント」の組合せを成就しました。

【激しい性格の大島渚】

大島渚は、数々の有名作品を制作し、世界の大監督となりました。大島渚は、気性が激しく、短気、怒りっぽいという難しい性格でした。韓国の文化人との対談でも、「ばかやろう」と発言し問題となりました。

また、大島渚の破天荒なエピソードとして、結婚30周年パーティでは、小説家・野坂昭如(のさかあきよし)の祝辞のスピーチの予定の読み上げを忘れたため、野坂は何時間も待たされ、酔いすぎてしまいました。そのため、祝辞が終わった時に、大島の顔をなぐる事件が起きました。大島も応戦し野坂の頭を2発殴り返しました。この件について、小山明子は、「殴り合った後は、大島も野坂もお互いに、存在を認め合い、これまで以上に交流が深まった」「どちらも大酒のみで、やりたいことを貫いて生き抜いた。スケールの大きな男たちだった」と述懐しています。

【世界的に話題となった問題作品】

特に話題になった「愛のコリーダ」は、激しい性的描写があるため、日本の厳しい検閲を避けて日仏合作で製作されました。同作は、第29回カンヌ国際映画祭に出品されました。また同作は、シカゴ国際映画祭で審査員特別賞や英国映画協会サザーランド杯を受賞しました。

【大島渚 病で倒れる】

1966年、大島渚は脳出血で倒れました。小山明子は、女優業から離れて夫の介護に専念しました。激昂型での大島渚の介護は、さぞかし大変なものと思われましたが、小山明子は、「大島は家ではとても保守的でした。常識的で穏やかで子煩悩でした」と言っています。

また、大島渚の優しい面として、小山明子が大卒でないことがコンプレックスでしたが、大島渚は、「君は撮影所という大学を出た」と励ましました。2001年、小山明子事務所を設立し、介護をテーマにした講演会の講師などや執筆を中心に活動を始めました。著作では「パパはマイナス50点」で、第25回日本文芸大賞エッセイ賞を受賞しました。小山明子が執筆した記事や取材記事などを大島自身が切り抜いて、ノートに張り、50冊ほどにもなったと言います。

しかし、大島渚にまたもや病魔が襲いました。十二指腸潰瘍せん孔で生死の境をさまようことになりました。奇跡的に命をとりとめたものの認知機能も落ちて、本人には辛い思いがつのり、「バカにしやがって」「死んだ方がましだ」などと叫ぶようになりました。

【よく生き、よく笑い、よき死と出会う】

小山明子は、アルフォンス・デーケン神父の「よく生き、よく笑い、よき死と出会う」という本に出合いました。そこに書かれていた「過去の業績や肩書への執着を手放す心の大切さ」という文言を見て、気づかされたそうです。それは、「以前の偉大な大島渚は、今は介護の必要な弱った夫となり、だれかの助けがなければ、なにひとつできなくなりましたが、それを嘆くことはやめよう」ということだったのです。小山明子は、「夫を全力で守ろう」と決めました。2013年1月15日、夫の大島渚は、肺炎により80歳で死去しました。17年間という長年に渡った介護でした。

ディバインコンプリメントの黒川紀章と若尾文子

故人をしのんで 追悼・黒川紀章さん

黒川紀章(くろかわきしょう 1934~2007)は、日本の大建築家です。丹下健三の門下生の一人です。学生時代から国際的に有名となり、海外の作品も数多くあります。政界にも意欲を燃やしましたが、病気のため果たすことが出来ませんでした。

若尾文子との出会いは、中部日本放送の番組で共演したことから始まりました。黒川は、若尾の美しさのことをバロック芸術の「肯定と否定の矛盾」に例えました。左右対称の決まりきった美ではなく、どこかに新しい美の発見があるという意味なのでしょう。黒川は、前妻との離婚を協議中であり、若尾とはすぐに結婚できませんでしたが、離婚が成立した1983年に若尾と結婚しました。再婚者同士の結婚でともに50歳を超えた大人の結婚でした。

「ディバインコンプリメント」としての黒川は、若尾に限りなく愛を与えました。若尾はその愛に満たされ、女優の仕事も控えめにして黒川につくす毎日を続け、彼が病気で倒れて死ぬまで、その愛の生活は変わりませんでした。

【黒川紀章は現代の英雄】

黒川紀章の才能は、作品を造り出す前からジャーナリズムで取り上げられました。当時の朝日新聞では、「図抜けた才気・活力」という見出しでした。彼は、大阪万博で日本を代表する大企業のパビリオンを設計しました。彼の代表作である「中銀カプセルタワービル」は、日本初の建築運動「メタボリズム」を象徴する作品として、内外の建築界で知られるようになりました。彼の多くの建築物は、彼が設計した構造物と言うよりも、設計を越えた芸術作品として捉えた方が理解しやすいでしょう。

【女優・若尾文子】

若尾文子 黒川紀章と初対面

1933年11月8日生まれ。1951年、大映5期ニューフェイスで映画入りをしました。日本の大女優。1963年、30歳で服飾デザイナーと結婚しますが、1969年に離婚しました。その後、黒川紀章と知り合い、同棲生活に入りました。1983年に入籍し正式な夫婦になりました。

【夫から癌を最後まで知らされなかった】

夫を見舞った若尾文子は、病室で、「私、あまりいい奥さんじゃなかったわね」と黒川に聞きました。すると、「そんなこと、本当に好きだったんだから」と答えました。黒川は、すい臓がんに倒れましたが、妻の若尾には何も言いませんでした。それが最後の会話となり、翌朝、黒川は亡くなりました。

ディバインコンプリメントのマイケル・フォックスとトレイシー・ポラン

マイケル・フォックス(1961~)は、カナダ生まれの俳優。18歳でアメリカに渡り、4年後、テレビドラマシリーズ「ファミリータイズ」で主役のアレックス・キートンを演じ、全米でヒットしました。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャ―」でハリウッドスターの仲間入りを果たしました。「ディバインコンプリメント」として、マイケル・フォックスは、とても妻を愛し、妻のトレイシー・ポランも夫の愛に応えている理想的な組み合わせです。

【パーキンソン病の発病】

30歳の時にパーキンソン病を発症しました。この病は、手の震えや動作や歩行の困難などの運動障害を起こします。原因としては、脳の中のドパミン不足と相対的にアエチルコリンの増加が起こり、脳機能のバランスが崩れることが原因と考えられています。日本でも10万人に100~150人の割に発症率があるとされています。また、厚生労働省の発表では、2012年では、患者数は12万人となっています。

【妻・トレイシー・ポランとの出会い】

トレイシー・ポラン(1960~)は、アメリカ合衆国の女優です。ニューヨーク生まれで、リー・ストラスバーグ・インスティテュートで演劇を学びました。1982年から、本格的な女優活動を開始し、テレビ映画「FOR LOVERS ONLY」で女優としてデビューしました。夫のマイケル・フォックスとは、「ファミリータイズ」や映画「再会の街ブライトライツ・ビッグシティ」で共演し、結婚しました。二人の間には、一男と双子の娘、そして三女の4人の子どもが生まれました。

【おしどり夫婦の秘訣】

コメディも得意なマイケル・フォックスは、妻のトレイシー・ボランをよく笑わせるそうです。彼女は、マイケルのことを「素晴らしい父親」「もっとも頭のいい人で、とてもキュート」という評価をしています。そして、子育ては二人の協力がとてもよくできているそうです。マイケルがパーキンソン病を発病してからは、いっそう二人は協力的になりました。夫婦喧嘩のときでさえ、妻のトレイシーは、マイケルを絶対的に信じることで乗り越えました。マイケルも妻のトレイシーのことを絶対的に信じているという羨ましい夫婦です。

ディバインコンプリメントの井ノ原快彦と瀬戸朝香

イノッチの愛称を持つV6の井ノ原快彦(1976年5月17日~)と女優の瀬戸朝香(1976年12月12日~)は、結婚前に一度破局しましたが、その後復縁して、2007年に結婚しました。現在は「おしどり夫婦」と言われています。

二人の出会いは、1995年に放送された「終わらない夏」で共演したことで交際が始まりました。当時は、井ノ原快彦が19歳、瀬戸朝香は18歳という若さでした。そのせいもあり、2年半で別れました。その後、5年後に再会し、再び2年半の交際を経て結婚に至りました。

プロポーズは、井ノ原快彦が、車の中で「結婚してください」と言ったそうです。瀬戸朝香は、車の中でしたので、即答はなかったようです。瀬戸朝香の性格は、芯の強い気丈な性格と言われています。言い出したら聞かない頑固なところもあるようです。

「ディバインコンプリメント」としての井ノ原快彦との相性は、お互いの性格の違いを上手に補い合っているようです。二人の間には、2010年3月に長男、2013年11月に長女が誕生しています。

【バランス感覚の良い井ノ原快彦】

「あさいち」(NHK)での井ノ原快彦の活躍は、全国のファンに楽しい朝の時間を届けてくれました。特に相方の有働アナが、時々おちゃめな行動で、番組のスタッフを慌てさせましたが、井ノ原快彦の機転の利いた司会でスムーズに番組を進ませることができました。

その意気の合った司会ぶりに全国のファンが更に喜びました。仕事でも、家庭でも彼の裏も表もない性格が、長寿番組を成功させ、結婚生活も「おしどり夫婦」として、疑いのないものとなっています。

 

最後に

ここまでの長文をお読み頂き、有難うございます。
「ディバインコンプリメント」は、ソウルメイトのひとつですが、無意識の中にある男性像と女性像が補い合い助け合う特別な関係です。自分自身の中の異性像がどのようなものか知るには、ユングのように夢分析を行うと良いでしょう。何回も夢の中に出て来る同じ異性像があれば、それが自分自身の持っている異性像と考えても良いでしょう。夢の中で出会った異性が何世紀も前の時代の人であれば、その異性像に近い人が現世にもいるかもしれません。今、恋人のいない人は、良い夢を見て将来の男性イメージや女性イメージを探すことから始めるのも楽しいことです。

以上、最後までご覧頂き、有難うございました。

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