シンクロニシティとしてのバースマーク
バースマークを持つ人の中には、自分と同じ場所にアザやほくろのある人に出会ったことがある、という人もいるかもしれません。
前項でお伝えしたのは、一方にだけバースマークがあるケースですが、双方にバースマークがあり、引き寄せ合うように出会うご縁も中には存在します。そのような相手と出会うとシンパシーを感じやすく、よくよくコミュニケーションをはかってみると、多くのシンクロニシティがあることに気づくかもしれません。

遺恨があって、バースマークを残した
恋愛関係になりやすいですが、こうして強い引力を持つご縁は、過去生において、必ずしも円満な恋愛関係であったとは限りません。かなりの遺恨があって、バースマークを残したのだと考えられます。しっかりと向き合っていくことでこそ、バースマークにまつわる遺恨やコンプレックスも解けていくでしょう。
先祖から受け継ぐ使命としてのバースマーク
いにしえの時代には、一族を救う絶大な力を持つ子孫の誕生を示す証拠として、バースマークが目印にされることもありました。たとえば、「手首に鷲の形のアザを持つ者が生まれたら、その時こそ、我が一族がこの国を支配する、新たな時代の始まりである」など。
ファンタジー映画にありそうなお話ですが、実際に、長い年月をかけてそのような願いを捧げてきたのであれば、そのような子孫が生まれたとしても不思議はないでしょう。子孫というものは、いつの時代でもご先祖たちの期待の星なのですから。
バースマークがある人は選ばれし魂?
バースマークは、天より与えられた使命を持つ魂である証である、と言われることもあります。
救世主の目印?
いにしえの時代より、救世主を待ち望む乱世がたくさんありました。そんなとき、バースマークはこの世界を救う魂であることの目印とされたこともあったようです。
第三の目と呼ばれる眉間など、印象的な場所に表れたあざやほくろは、たしかに、選ばれし魂であることのサインであるかのようにも見えます。
天命は全ての魂にくだされる
ですが、天より与えられる「天命」というものは、特別な魂のみにくだされるものではく、全ての魂にくだされるはずのもの。使命の目印であると見るのは良いとして、「救世主」であると考えるのは、ややエゴイスティックな発想だと言えるかもしれません。成熟した捉え方で理解する必要があるでしょう。
バースマークの魅力とコンプレックス
スピリチュアルな世界観では、宇宙は全てつながっていて、世界はひとつである、ということがよく言われます。誰もがつながりを求めているのは事実ですよね。でも、そうでありながら、わたしたちは「誰とも違う自分らしさ」を追及して、人と自分との差異を特別視したがる願望も根強く持っているもの。身体的な特徴も、そうした「個性」として意識されるもののひとつでしょう。
個性
バースマークももちろん「個性」であり、その人らしさの一部。ですが、それがあるからこそ、その人が素晴らしいというわけではないし、それがあるからこそ、その人は誰かより劣っている、ということもないはずです。
その人の魅力は、その人の魂に宿るもの
その人の魅力は、その人の魂に宿るもの。バースマークを魅力的なものにするのも、邪魔なものにするのも、その人の魂のモチベーションによるのですから。
「個性」を特別なものとして扱い過ぎると、それがつながりを遠ざける深い孤立感の源となることを忘れずにいたいものです。
最後に
バースマークは生まれ持った個性のひとつ。ですが、逃れられない運命の刻印ということもないし、特別な意味があるのだと力むべきものでもありません。
誰もが自分の人生や運命に向き合うべきなのだけれど、それが、わかりやすく示されているのがバースマーク。特別な使命とかコンプレックスに結び付けるよりも、そうシンプルに捉えて向き合っていくのが適切なのではないでしょうか。

以上、深層心理セラピストの斎木サヤカがお伝えしました。最後までご覧頂き、有難うございました。
