盛り塩とは何か?その意味と正しいやり方を解説

盛り塩とは何か?その意味と正しいやり方を解説盛り塩についてお調べになっている方へ。

皆様の中には玄関や家の中で塩が盛られているのを見たことがある人も多いと思います。また、昨今のスピリチュアルブームでも厄除けや魔よけのために塩を使う人は少なくありません。

しかし、多くの方は盛り塩を「何となく」使用しているのではないでしょうか?また「盛り塩をしたいけれどそのやり方がよくわからない」という方も少なくないと思います。

本記事では、見落とされがちな盛り塩の正しい意味とその正しいやり方を解説します。

そもそも盛り塩とは?

盛り塩

 

盛り塩とは、塩を三角錐や円錐の形に持った塩のことを言い、主に玄関や家の中に盛ってその場を清めるためのものです。

工場現場で心霊現象が起きるとその場を清めるために盛り塩を行うこともありますし、交通事故の多発地点にもることもあります。要するに「盛り塩を行うべき場所」が特に決まっているわけではありません。清めたい場所で盛り塩をすれば良いのです。

※では具体的にどのような場所で盛り塩をすべきなのか?は、これから説明していきます。

盛り塩で使う塩の種類は?精製塩でもいい?

天然塩それでは具体的にどのような種類の塩を使って盛り塩を行えばよいのでしょうか?

実は基本、どのような塩でも問題ありません。ただ、精製塩の場合は天然塩と比べて効果が落ちます当然、味塩で盛り塩をするのもやめた方がいいです。

「塩」というと分子構造上は「塩化ナトリウム」ですが、天然塩は海水の成分が凝縮されています。(岩塩も実は海水由来です。)盛り塩や清めの塩に限らず、天然塩にはミネラルが豊富なので食品用にも天然塩の方がお薦めです。なので「盛り塩のためだけに」と思わずに天然塩を買われた方が良いでしょう。

では、場を清めるには、なぜ海水由来の塩がいいのでしょうか?以降でご説明いたします。

「海水」で場を浄めるのは日本神話に由来

真福寺収蔵の『古事記』信瑜の弟子の賢瑜による写本

真福寺収蔵の『古事記』信瑜の弟子の賢瑜による写本

どうして「海水由来の塩」で場を浄めるのでしょうか?その由来は日本神話にあります。少し長くなりますが、『古事記』を基に簡単に紹介します。

イザナギとイザナミ

日本の国土を作った夫婦の神様が、

  • 伊弉諾尊(伊邪那岐<イザナギ>命)
  • 伊弉冉尊(伊邪那美<イザナミ>命)

です。旦那さんの方が伊弉諾尊で奥様が伊弉冉尊です。その奥様の伊弉冉尊が亡くなられたと聞き、伊弉諾尊は黄泉の国(死者の世界)まで行って伊弉冉尊を連れ戻そうとしました。しかし伊弉冉尊は「黄泉の国の大神に相談するのでそれまで私の姿を見ないでください」と言って一向に姿を現しません。

業を煮やした伊弉諾尊は無理矢理伊弉冉尊の姿を見ます。それは、穢れに満ちた醜い姿でした。それに驚いた伊弉諾尊に対して伊弉冉尊は「私の恥ずかしい姿を見られるとは赦せない」と言って怒り、逃げる伊弉諾尊を追いかけます。

海水で禊を行う

そして逃げ切った伊弉諾尊は「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」で海水に浸かって「禊(みそぎ)」を行います。その禊の際にも色々な神様が誕生するのですが、その最後に誕生した三神の姉弟が「天照大御神・月読尊・素戔嗚尊」の三柱です。多くの方がご存じのとおり天照大御神は天皇陛下の御先祖様ですから、この神話が『古事記』においていかに大事な話だったからがわかります。

筑紫の日向

ちなみに「筑紫の日向」というと宮崎県のことを指すとする説も多いですが、実際には筑紫国(ほぼ今の福岡県)にも「日向(ひむか)」の地名があります。祝詞でも「ひゅうが」ではなく「ひむか」と発音しますから、福岡県の可能性が高いです。

福岡県の小戸神社

福岡市西区小戸2-6-1に「小戸神社(小戸大神宮)」という神社があり、そこの由緒には

「小戸ハ神代ノ昔伊邪那岐大神禊祓ノ神業ヲ行ヒ給ヒ皇祖天照皇大神、志賀三神住吉三神ノ御降誕アラセラレタル最モ由緒深キ靈地ナリ」

(小戸は天照大御神や住吉大神が誕生した由緒のある霊的な聖地である)

とあります。

なぜ海水で盛り塩を行うのか?

海 浜辺 ビーチ 海水この伊弉諾尊の禊の際に住吉大神が生まれているのですが、住吉大神は複数の神様の総称ではあるものの、基本的に海の神様です。また宇宙を浄化する神様でもあります。

海水には宇宙を浄化する住吉大神の力が込められているのです。お葬式の後に塩をまくのも、盛り塩で場を清めるのも、海水には宇宙浄化の神である住吉大神の力が込められているからだといえます。

そのため海水由来の塩には、場を清め、霊的なものを綺麗にする働きがあります。

盛り塩を行う場所

では、具体的にどのような場所で盛り塩を行えばよいのでしょうか?それは結論から言ってしまうと「どこでも良い」ということになります。

基本的に盛り塩というのは「自分が清めたい」と思う場所で清めればよいものです。特に心霊現象のようなことが起きている場所があるならばそこに塩を盛るようにすると良いでしょう。

特に商売人だと玄関の前で盛り塩をする人も多いと思います。それは玄関から色々な人が入って来るからです。あまり良くない念を持ったままお客様にはいられても困りますよね?また、霊魂も多くは玄関から入ってきます。なので盛り塩をすることで入ってくる人間や霊魂を浄めよう、という意味があります。

神棚での盛り塩も推奨される

また神棚で盛り塩を行うことは推奨されます。

神棚に神社のお札を置かれている方も多いとは思いますが、こうした神社の神様の中には人格霊だったり自然霊だったりして感情がある場合があります。なので神棚を盛り塩で清めておくと神様も気分を良くされるでしょう。

神様に対する一種のマナー

神棚を清めるというのは義務というよりも、神様に対する一種のマナーとしてされると良いと思います。「お供え物をしないと神様が怒る」ということがないように「盛り塩をしないと神様から祟りが起きる」という訳ではありませんので、その点は誤解の無いようにお願いします。

一部の宗派の仏壇では盛り塩はお薦めしない

お葬式の際に「清めの塩」を渡された方もいると思いますが、霊的なものを浄めたり死者の穢れを祓ったりする働きも塩にはあります。なのでお墓や仏壇で盛り塩をしてはいけないということはないのですが、一部の宗派では盛り塩のような神道系の儀式を嫌うお坊さんも中にはいます。

浄土真宗や日蓮正宗

浄土真宗や日蓮正宗は神道系の儀式に否定的なので、家の宗派が浄土真宗や日蓮正宗だとお墓や仏壇で盛り塩をしているとお坊さんが嫌な顔をするかもしれません。

また貴方は自分の宗派を特に意識していなくとも、ご先祖様は浄土真宗や日蓮正宗の教義に厳格で盛り塩をされると「なんで私の子孫がこんなことをするんだ!」と怒る、ということもあり得るかもしれません。

盛り塩はその場を清めるもの

そもそも盛り塩はその場を清めるために行うもの。お坊さんやご先祖様に不快な思いをさせてしまうと逆に場の空気が悪くなり本末転倒です。こうしたケースでは盛り塩を行う代わりに真心を込めて先祖供養をした方が良いと思います。

(なお名前は似ていますが、浄土宗や日蓮宗は浄土真宗や日蓮正宗とは違い神道系の儀式に好意的です。)

盛り塩の形にこだわる必要はない

盛り塩は三角錐や円錐の場合が多いですが、それは綺麗な形をしている方が盛り塩の周りを通る霊魂にとっても気分が良いからです。とはいえ、少々形が崩れたからと言って盛り塩の効き目がなくなるわけではありません。

料理を行う際に少々見た目が崩れても栄養が無くなる訳ではないのと一緒です。盛り塩の形に捉われ過ぎないようにしましょう。

盛り塩のお皿も、何でもよい

盛り塩のお皿も基本的に何でも良いです。ただし、小さくて白い陶器のお皿が望ましいとされています。模様や色によっては別のスピリチュアルな作用があるかもしれませんから、白い無地のお皿が無難だとは言えるでしょう。

塩の形が崩れないようにするには

と、ここまで塩の形や乗せるお皿にはあまりこだわらない方が良いとは言いましたが、それでも形を気にする方もいるとは思います。

盛り塩の形が崩れないようにするためには、まずお皿は小さい円形のお皿にしましょう。中華料理店で円錐形に盛られた塩コショウが乗った小さいお皿が渡されることがありますが、そのイメージです。

また特に形について気にされる方は、塩を少しだけ濡らして形を固めてから乾かした方がいいです。もっとも濡らしすぎると塩は溶けてしまいますので、適度に湿らせる程度にした方が良いでしょう。

最後に

盛り塩の力の秘訣はその「塩」にあります。塩の霊的な力は特に天然塩が強いです。塩には場を浄め、宇宙を浄化するパワーが込められているのです。

一方で、盛り塩の形式にはあまり捉われることはありません。美しく盛り塩を行いたい方がいたらそれを究められるのは良いことですが、少々形が崩れたからと言って落ち込まないようにしてください。

この記事を読んで、一層皆様が浄まった場所で生活できるようになることを願っています。

★あなたの悩みは解決しましたか?

解決しない悩みは、人に聞いてもらうと気持ちが安らぐだけでなく、自分では全く見えてなかった意外な事で解決方法が見えてくることもあります。

どうしても解決しない悩みがある方は、占い師の方に直接相談してみてはいかがでしょうか?「電話占いヴェルニ」では、あなたがわざわざ外出しなくとも、合格率3%の難関オーディションを通ったプロ占い師が、悩み解決の手助けをしてくれます。

その一歩があなたの人生に大きな変化をもたらすかもしれません。