キリスト教の洗礼(バプテスマ)について分かりやすく簡単に解説

キリスト教の洗礼(バプテスマ)について分かりやすく簡単に解説photo by brett jordan from wiki

キリスト教の「洗礼(バプテスマ)」について知りたい方へ。

アメリカ映画、ヨーロッパ映画などで、服を着たまま教会の裏のプールに入る場面を見たことがある人は、多いのではないでしょうか。プールに入るあの儀式には、一体どういう意味があるのでしょう?

ライター 水城信乃
ライター 水城信乃

本記事では、キリスト教徒となる儀式「洗礼」(バプテスマ)について、分かりやすく簡単にご説明いたします。

洗礼はキリスト教徒となる儀式

「洗礼」とは、キリスト教徒になる時に行われる儀式のことです。「バプテスマ」といわれることもあります。

バプテスマはギリシア語の「浸す」が語源

「バプテスマ」の語源は、ギリシア語の「浸す」という言葉「baptizō」だといわれています。「baptizō」には、洪水に飲み込まれる、水の中に入る、水の下に入る、などの意味もあります。

上の動画のように、水の中に信者の方が水に浸かっています。

洗礼を受けることでキリスト教徒になる

洗礼(バプテスマ)を受けると、人は洗礼名(キリスト教徒としての名前)を授かり、キリスト教徒として認められます。

バプテスマは子供の成長を祝う通過儀礼

現代においては、洗礼は宗教行事というより、日本の七五三のような、子供の成長を祝う通過儀礼という位置づけの儀式として扱われることが多いようです。

洗礼は聖餐と並ぶ重要行事

ビセンテ・フアン・マシップ作「最後の晩餐」

ビセンテ・フアン・マシップ作「最後の晩餐」

聖餐(せいさん)とは、イエス・キリストの最後の晩餐、また、その最後の晩餐の再現として行われてきた儀式的な会食のことです。

キリスト教において、洗礼は、パンとワインをキリストの血肉として食する聖餐と並ぶ重要な行事とされています。

最後の晩餐とは?その意味を分かりやすく簡単に説明します
「最後の晩餐」の意味を知りたい方へ。あの絵で描かれていたものは何か、最後の晩餐の席で、イエスと弟子たちとの間ではどのようなやり取りがあったのでしょうか。本記事では、「最後の晩餐」の意味についてご紹介いたします。

神の行いは目に見えない

洗礼と聖餐は、秘跡と呼ばれています。神の行いは私たちの目には見えませんが、神の見えない行いを人間に理解できるように寓意化したものを、秘跡と呼ぶのです。

洗礼には滴礼(てきれい)と浸礼(しんれい)がある

洗礼には、滴礼と浸礼の2つの方法があります。

滴礼

カトリックの幼児洗礼 滴礼

カトリックの幼児洗礼 滴礼

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滴礼とは、洗礼盤と呼ばれる洗面台のような器に入れた水を、牧師が、洗礼を受ける人の頭に軽くかける儀式です。

浸礼

キリスト教の洗礼(バプテスマ)について分かりやすく簡単に解説 「浸礼」

浸礼

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浸礼では、教会の裏にある洗礼槽というプールのような物を使用します。洗礼を受ける人は、洗礼槽の中に入り、儀式を行います。国によっては、川や海で浸礼を行うこともあるようです。

仏教にも洗礼と似た儀式がある

ちなみに、仏教の真言宗の儀式「結縁灌頂(けちえんかんじょう)」にも、頭に水をかける儀式があります。キリスト教で使うロザリオは、元々、数珠から派生してできたものですし、違う宗教同士でも似た儀式があるというのは、不思議な感じがしますね。

バプテスマ(洗礼者)ヨハネのエピソード

福音記者ヨハネ(画:エル・グレコ)

福音記者ヨハネ(画:エル・グレコ)

洗礼にまつわるエピソードというと、新約聖書の「バプテスマ(洗礼者)のヨハネ」のエピソードがよく知られています。

ヨハネは人々を洗礼していた

バプテスマ(洗礼者)のヨハネは、ヨルダン川近くの荒野で、神の国が近付きつつあることを人々に知らせ、罪を悔い改めるように説き、人々に洗礼を行っていました。

洗礼はユダヤ民族として迎え入れられる儀式

洗礼は元々、ユダヤ教徒の間で行われていた清めの行事で、後に、ユダヤ人ではない人々を、ユダヤ民族として受け入れるための儀式とされていました。

再び神の国へ入るための儀式

ですが長い年月が経つうちに、ユダヤ民族の中にも堕落する者が増え始め、神の民と呼ばれる資格を失いつつありました。そのため、心の汚れを清め、再び神の国へ立ち入る資格を得るための儀式として、洗礼が受け入れられるようになったのです。

洗礼を受けたイエスの元に聖霊が降りた

キリストに洗礼を施す洗礼者ヨハネ(左)

キリストに洗礼を施す洗礼者ヨハネ(左)

やがて洗礼者ヨハネの元に、神の子であるイエスがやってきました。イエスの姿を見たヨハネは、一目で、イエスが神の子であることを見抜いたといいます。

ヨハネは洗礼を授けることをためらった

ですが、ヨハネは戸惑いました。自分の役割はあくまでも、神の子イエスの前に現れ、彼のために道を整えることであると知っていたからです。そして、神の子であるイエスは、人間が負うべき原罪を背負わずに生まれてきたことを知っていました。そんなヨハネがイエスに洗礼を授けてもよいものか、悩んだことでしょう。

イエスの元に聖霊が降りてきた

ヨハネは、イエスが求めるままに洗礼を授けました。すると次の瞬間、聖霊がイエスの元に降りてきたといいます。聖霊とは、神がこの世に干渉する時に使う、実態がない不思議な力のこと。イエスの元に降りてきた聖霊は、ハトの姿をしていたといいます。

洗礼者ヨハネには聖霊の姿が見えていた

イエスの元に降り立った聖霊の姿は、残念ながら、近くにいる人々の目には見えませんでした。ですが、イエス本人ははっきりと聖霊が降りたことを自覚していましたし、洗礼を授けたヨハネの目には、はっきりと聖霊の姿が見えたといいます。

イエスの耳に神の言葉が届いた

やがてイエスの耳に、神の言葉が届きました。神は、イエスにこう告げたといいます。「あなたは私の愛する子であり、私の心に適う者です」

洗礼を受けたい場合は近くの教会へ

もし洗礼を受け、キリスト教徒になりたい場合は、お近くの教会の神父さん、牧師さんに相談してみて下さい。とはいえ、突然行ってお願いしても先方は戸惑うでしょうから、まずは礼拝などで教会に通って聖書の勉強をし、教会のスタッフと仲良くなってから相談するのがいいでしょう。教会によっては、寄付金などを求められることもあります。

最後に

日本人にはあまり馴染みがない「洗礼(バプテスマ)」の儀式ですが、儀式の意味や成り立ちを細かく見ていくと、親しみが湧いてくるのではないでしょうか。

以上、最後までご覧頂き、有難うございました。