キリスト教の七つの大罪とは?その意味を分かりやすく解説します

ヒエロニムス・ボスの『七つの大罪と四終』

ヒエロニムス・ボスの『七つの大罪と四終』

キリスト教の「七つの大罪」の意味を知りたい方へ。

近頃は、漫画やアニメ、ゲームなどで「七つの大罪」という言葉を見かけることが多くなりました。けれど、その詳しい意味までは分からないという方も多いのではないでしょうか。

本記事では、キリスト教の七つの大罪とは何か?その意味をご紹介します。

七つの大罪とは人を罪へと導く欲望のこと

「七つの大罪」とは、主にカトリックで用いられていた言葉で、人間を罪へと導き、真実を見る目を曇らせてしまう七つの感情や欲望のことを指します。七つの無智と言い換えてもいいかもしれません。

この七つの大罪を犯すと、物の本質が見えなくなり、真実や問題解決から遠ざかってしまいます。一体、どのような罪なのでしょうか。一つずつ見ていきましょう。

①傲慢(高慢)の罪

七つの大罪には、それぞれ対応する悪魔や動物がいるといわれています。傲慢の罪に対応する悪魔はルシファー、対応する架空の動物はグリフォン、実在の動物はライオン、クジャク、コウモリです。

真実を見るために必要な判断力や謙虚さが失われてしまいます

傲慢というのは、他人と比べて自分の方が優れているという間違った考え方のことです。この罪を犯すと、冷静さや客観性を失ってしまい、真実を見るために必要な判断力や謙虚さが失われてしまいます一見、自分より劣っているように見える人からでも、学びを得ることはできます。自分が傲慢になっていないか、他人を自分より上か下かで測っていないかを、常に気にかけるようにしましょう。

②憤怒(激情)の罪

憤怒の罪に該当する悪魔はサタン、架空の動物はユニコーン、ドラゴン、実在の動物はオオカミ、猿といわれています。 

怒りをいつまでも引きずると、ストレスで心身に大きな害が及んでしまいます

憤怒というのは、我を忘れるほどの激しい怒りのことです。この罪を犯すと、ささいなことにも怒りを抑えられなくなってしまいます。他人に迷惑をかけられたり、トラブルに巻き込まれた時、怒りを感じるのは仕方のないことですが、その怒りをいつまでも引きずると、ストレスで心身に大きな害が及んでしまいます

怒りを感じる出来事も、大切な学びを得る機会

「自分は被害者である」という視点だけで物を見てしまうと、どうしても怒りを抑えられなくなりますが、別の視点から出来事を俯瞰することで、怒りがやわらぐことがあります。怒りを感じる出来事も、大切な学びを得る機会だったと考えてみてはいかがでしょうか。

③嫉妬(羨望)の罪

嫉妬の罪に対応する悪魔はレヴィアタン、架空の動物はマーメイド、実在の動物は蛇、犬、土竜といわれています。

物事が正確に見えなくなってしまいます

嫉妬の罪を犯すと、物事が正確に見えなくなってしまいます。苦しい状況にある時、自分より恵まれているように見える他者を羨んだり、妬んだりしてしまうことはままあります。けれど、一見恵まれているように見える他者も、見えないところでは別の苦しみを味わっているかもしれません。 

お金持ちの場合は、お金を目当てに詐欺師たちが近付いてくる苦悩があるでしょうし、美男美女は外見を目当てに近付いてくる異性ばかりで内面を見てもらえない、ストーカーに付きまとわれるといった悩みがあるかもしれません。

自分本来の個性や生き方、魅力を失ってしまうこともあります

また、他人を羨んだり妬んだりすることで、自分本来の個性や生き方、魅力を失ってしまうこともあります。他人に憧れること自体は悪いことではありませんが、そのせいで自分らしく生きられなくなるのは、とても苦しいことなのではないでしょうか。